「親の背を見て子は育つ」自分の背中を見られても大丈夫?

子育て 幼児期
スポンサーリンク

「親の背を見て子は育つ」
このことわざを思い出して、
ドキッとする時はありませんか?

子どもの話す言葉が自分の口癖だったり
話し方が自分と似ていたり

親が子どもにあれこれ厳しく言っても
親は自分に甘く
子どもにだけ厳しくしても
いうことはききません

 

「親の背」とは「親の実際の行動」です

 

私は時々息子に注意を受けることがあります
ちょっとムカッとして感情的に言ったことなど

「そういう言い方は、どうなの?」
と言われてしまいます

 

そう言われて考えると
確かにもう少し言葉を選んだらよかったなとか

 

相手に対して配慮がたりなかったという時もあります

 

指摘されると
プレッシャーを感じてしまいますが

日々子どもに見られても恥ずかしくない
大人になろうと思ってます

スポンサーリンク

どんな子に育てたいですか?

 

子どもには、
より良い人生を送ってほしい
と思うのは親心ですよね

それには子どもがどのような人に
なってほしいと思っていますか?

 

例えば、挨拶のできる子とか
お友達に思いやりのある子など

そのためには

まず親がお手本を示すのが簡単です
百聞は一見に如かずですね

 

ご近所の人に挨拶しなさいと子どもに言っても
親が挨拶してなかったら、
子どもはどんなタイミングで、
どんな風に挨拶したらいいのかわかりません

 

親が笑顔で丁寧に挨拶すれば
子どもも真似して覚えます

 

ですが男の子の場合は
親と一緒にいる時は
素直にあいさつしませんよね

 

うちの息子も
近所の男の子も
母親と一緒だと声が小さくなってしまうのは
仕方ないみたいですね

 

親の真似をする子ども

 

 

以前息子が友人と河原で遊んでいた時

 

小さい子が飲み終わったペットボトルを
その場にポイ捨てしたそうです

息子はその子に
「あっちのごみ箱に捨てなきゃダメだろ」と言うと
親がやってきて
「うちの子に何言ってるんだ?」と言いました

 

息子は
「ペットボトルはちゃんとごみ箱に捨てるように言いました」と言うと
親が「そんなの別にいいじゃん」と答えたそうです

 

息子はポイ捨てされたペットボトルが
海洋汚染につながっている話を始めると
親はペットボトルを拾ってごみ箱に捨てたそうです

 

息子はペットボトルに限らず
ごみをポイ捨てする人の気持ちがわからないと言っていました

 

それは親や先生にそう教えられてきたからです

 

でも、親がポイ捨てOKと考えて行動していれば
子どもは親を真似して
飲み終わったペットボトルをそのまま捨ててしまうことに
何も思わず育ってしまうのです

 

息子の話を聞いて
ポイ捨てした子を気の毒に思います

この先友達や先生にポイ捨てはよくないと
教えてもらえるといいなと思いました

 

子どもの行動で
親の日頃の行動や躾の仕方がみえてしまいます

もう一つ、
この話を聞いて感じたのは

私もその河原にいたらきっと
その子に言うだろうなと思いました

 

息子がまだ幼い頃イベント会場に出かけた時など
お行儀の悪い子を注意したことがあります

 

その時息子に
「なぜ、よその子にも注意するの?」と聞かれて
「自分の子でも、よその子でも
周りに迷惑をかけていたら言って教えてあげないとね」
というやり取りをしたことがあります

息子の中にこのことが残っていたのでしょうか

 

しかし最近では「逆切れ」する人もいる物騒な世の中です
息子には自分の身を守ることも覚えてほしいと思いました

 

背中にも意識を

 

 

自分の背中って普段見えませんよね?
見えないと意識が届きません

私は以前ダンスを習っていたことがあり
その時に先生に言われたのは
「背中にも意識を向けて」です

 

鏡に映った正面の姿は自分も見えるので
上手に踊ろうと緊張感もあるけど

鏡に背を向けた時自分の姿が見えなくなると
緊張感が抜けているのが見えてしまうそうです

だから後姿も見られていることを意識して
緊張感をもって踊りましょうと言われました

 

だからダンサーの後姿は緊張感があって
美しいですよね

まとめ

子どもにかっこよく見られたい
と思う気持ち、ありますよね?

いいところを見せようと無理しても、
その場限りでは見透かされてしまいます

でも、カッコいい大人になろうと努力する姿は
見せるべきだと思います

 

ダンサーのように後姿にも意識を向けて、

カッコいい大人になろうと努力する親の背中は
子どもに見てもらいたいですね

コメント